映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代』上映、今日(8月8日)は、恵比寿ガーデンシネマでの最終日で、有休をとって観に行ってきました(観たのは、6月上旬に観て以来2度目でした)。
キャストは、次の通り。最後にエンドロール観ていると尚更、最後に観て良かったと、気持ちが落ち着きますね。なお、加藤和彦さんご本人も、映画の中で一度だけ、ほかのキャストの皆さんのようにインタビューに答えています。なんかうれしいです。
高梨美津子
新田和長
重実博
トシ矢嶋
蜂屋量夫
太田進
𠮷田克幸
門上武史
石川紅奈(soraya)
齋藤安弘”アンコー”
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◆アーカイヴでの登場◆
平沼義男
芦田雅喜
(高橋幸宏)
折田育造
※高橋幸宏さんは、エンドクレジットではアーカイヴの方で名前があったと思いますが、本編ではご存命の方々と同様に、この映画のためにお話をされています。
エンドクレジットでは、R.I.P.の段で、加藤氏ら7人の方のお名前があります。あらためて、YMOのうち坂本氏と高橋氏が同じ2023年(昨年!)で並ばれていることに、日本の音楽を聴いてきた日本人として、当たり前にいた人たちがいなくなることへの何とも寂しい想いがつのります。
本編を通して思ったことを。
私は、ザ・フォーク・クルセダーズの時代には生まれておらず後聞きだったし、サディスティック・ミカ・バンドもリアルタイムで見たと言えるのは、2代目ボーカルの桐島かれんの時以降でした(3代目ボーカル・木村カエラの時はライブも観ました)。
したがって、この映画を観て詳しく知ったということも多かった半面、ミカエラバンド時代から3年後の2009年に加藤氏の訃報を聞いたときの衝撃を思い起こさせました。本作では、フォークル時代からミカバンド時代、その解散後、料理やソロ作品の話を経て、訃報を受けての何人かの方の話があり、最後に北山さん、高田さん、高野さん、坂本さん、坂崎さん、石川さんらのレコーディング場面で締めくくられました。
いちばん印象に残ったのは、『黒船』発表後ロンドンでのライブで、ミカさんが舞うシーンが魅力的だった後で、加藤氏が新田さんに、ミカが帰ってこないんだと言ったというところ。僕は辛いなと勝手に自分に置き換えて想像して、同情する気持ちになって観てしまうのだけど、4日後に、安井かずみさんと暮していて、そこから長きにわたって安井さんは、加藤氏のよきパートナーであり続けたのだなと。そういう早い切り替えをした加藤氏を尊敬する気持ちにもなったりして観ていました。
ただこういう、女性との別れが、何か加藤氏とはどういう人であったか、暗示しているようにも思えたのでした。
そして、最後の北山さんのお話が的を射ているように私には思える。
”一流をものにしてきたけど、それが加藤氏の素顔だったのか。
空っぽになることの苦痛からまた次の新しいことに向かう。
ミュータントですよ。私は加藤和彦のような人に会ったことがない。”
先へ先へ。定点に、ふと立ち止まったときなんですよね。他人にはどうにもしてあげられないことなのでしょう。
つのだ☆ひろさんが、自分がいてあげられたら、という趣旨の話は、今回2回目を観て、心に来るものがありました。
あの時こうしてあげられたら、と考えるが、後になったから何でも言えるという簡単なことではないのですよね。ほんの少しの機会を失うことがあるもので。
若い時を過ぎて、それぞれの生活基盤が確立し安定していくとそれぞれの事情で、若い時のように、わっと集まることが難しくなる。
いつも絶えず次の世界を求めて走り続ける加藤氏に対して、同じ時代を生きた仲間の人たちは、そのような状況になっており、新しい世代の人に同じように加藤氏の先進性を認めてついてくるように期待してもその通りにならない。結果、加藤氏からすれば、みんながついてこないことへのいら立ちや怒り、失望があったと思うのです。
それだけではなく、加藤氏の周りにミカさんもずーさんもいない。そういう女性たちのような存在が身近にいたのかどうか。時代の環境は違ってしまった。
このほか、心に響いたのは、
最後の高橋幸宏さんの、「(加藤氏は)世界を変えようとか考えてなかった、楽しませようという気持ちだけだったと思う。」という趣旨のお話。共鳴できる気がしました。
新田さんの、流行歌で何年かで忘れられるような音楽でなくて、100年200年聴き継がれる音楽を作っているんですという趣旨の社長への言葉が凄かったですね(笑)でもそういうのを聞く耳持ってくれる寛容さがあったのかなあ。
あと、泉谷しげるさん、少し年を取ったような感じがしたなあ。まだまだ頑張って暴れるように歌い続けてほしいです。個性や鋭さや優しさを兼ね備えた、貴重な人が少なくなっていく。狂ったうわべだけの冷たい、今の時代、なおさらそのように思うのであります。「春夏秋冬」の歌唱の仕方について加藤氏が褒めてくれたエピソード面白かったな(笑)
最初に述べたように、私この映画、2回しか観られませんでしたが、とても貴重で愛と音楽魂にあふれたドキュメンタリー、上映館が存在し続けてほしいものです。
補記 トノバン関連のいろいろ
せっかくなので、
5月21日に、下北沢の本屋B&Bで開催された、牧村憲一氏と高野寛氏によるトークイベントの感想も書いておきます。
不思議の国のトノバン
アーカイヴでも、ノートに書き留めながら聴きましたが、とても自分にはボリュームのある濃い内容。しかし、下北沢で生で聴いたことで、今回映画を観ていると、その当時のトークの内容が重なる部分も随所にあり、自分なりの、加藤和彦と仲間たちの世界のイメージが浮かび、自分とその世界との現時点での距離が測れるように感ぜられました。
トークイベントで今も心に残っているのは次の事柄。
(1)「僕は60代くらいから聞こえない周波数がある。」(牧村氏)
ショッキングですけど、僕自身は、子どものころと今とで聞こえ方が違っている気がするのは気のせいなのか、そういった年齢とともに変化するものなのか、気になってしょうがないです。耳を大切にして、いつまでも音楽を愛聴したいと切実に思います←
(2)高野さん「(「あの素晴しい・・」の)2024ver.は若い人につないでいくというのがテーマ、とおっしゃっていたこと。
高野さんは今回の映画では終盤、「あの素晴しい愛をもう一度」のスタジオ録音の段で登場されており、このトークイベントでも、「加藤さんがどうやって弾いているのかわからない」とおっしゃっていました。
最近の日本の音楽シーンは、今回の映画に出てきたようなロック界を支える信念を感じさせる人がいるのか不安になるし、響く音楽がなかなか見つかりません(いわゆる”いい曲”ではあるけど、心に残る何かがない)。そんな中で、”つないでいく”人として高野さんがいることは大きな希望であり。
以前、オーチャードホールでのトリビュートライブについて当ブログでレビューした通り、高田さん坂本美雨さん石川紅奈さんも本作に登場します。
映画で観て、紅奈さんがウッドベースを弾く姿も歌声も音楽への真摯なものが伝わりました。
トークイベントによると、”一番若かった石川紅奈さんは女・北山修みたいな方。。昨今、ウッドベース弾いて歌う人はいそうでいない。ジャズやってたので自然体。コーネリアスのマニュピレータの美島さんが、(紅奈さんが)大貫妙子さんの「くすりをたくさん」をカバーしているビデオがあるのを発見した。”(牧村氏)
このほか、高野さんが『あの素晴しい日々』(2024、百年舎)128頁、「わめきゃロックじゃない。ボサノバもロックだ、と(加藤氏が)言っている」と。この引用個所は、別の意味で私も考えさせられます。
そもそも、今の若い日本のミュージシャンで、ロックをやる人の感覚はどうなのかなと考えることがあります。ギターが売れない現代、僕自身も自分が好きな音楽はと聞かれても、ロックと答えることが有意義なのかどうかわからない気持ちになることがあります。若い世代にとって、ロックとは何かという問題提起自体が2020年代において意味をなさないのだとしたら絶望的だと思ったりするわけです。
(3)はっぴいえんどとミカバンド
参考になる話でした。また、はっぴいえんどもしっかり聴いてみたいです。細野さん長く生きてほしいと思います。
☆トークイベントでのやりとりはだいたいこんな感じだったか再現してみた☆
牧村:コンセプトが同じでも、細野さんはひねるからわかりにくい。加藤さんはひねらないからわかる。和洋折衷というか。サイクリング・ブギのような曲が典型的。
高野:(174頁前田さんによれば)このバンドの日本の描き方とはっぴいえんどの日本の描き方はまるで逆向きだった。同じ時代感覚だったが、はっぴいえんどは、オリンピックで失われた東京。ミカバンドは、アメリカンヒッピーやロンドンのグラムロックを通じて、虚構の中に逆説的な希望を描こうとしたのでは。
牧村:ミカバンドがイギリスへ行ってできることは、すでに準備されていて、加藤も、早いことがどんなに大事かわかっていた。
それにしても、こうして、英米の音楽シーンが日本のあこがれになっている時代は良かった、うらやましいとさえ思います。いまの世界の狂いぶりをみるにつけ、もうあのように夢のある世界は戻らないのだろうから。平和だったころの英米を旅行しておきたかった!!
さて、トークイベントについても今回は、ここまでの言及にて終了します。
最後に、これも、今後なかなか機会がないかもしれないので、
私が以前管理していた自分のブログで、2006年11月13日公開(現在非公開)の記事「サディスティック・ミカ・バンドのトーク&ビデオイベント」の中から、当時、タワーレコード渋谷店で開催されたイベントの内容部分のレポートをそのまま以下に転載します。
映画『トノバン』でも上掲トークイベントでも、メイントピックではありませんが、加藤氏の考え方がユーモラスに伝わって、当時の私なりに共感できた内容でした。
以下の内容は、当時、手元を見ないでメモを取ったもので、当然ですが録音はしていません。こういうことにたけていた当時の私でした。今は、できたとしても、メモは取らないですね。今も昔も想像力のない輩に誤解されるのは御免こうむりたいのです。
今はその私の才能を、会社の仕事で可能な範囲で活用しておりますが。
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今回の再結成のきっかけは、キリンラガービールのCM。その話が断りにくい方面から(笑)持ちかけられ、古い感じだからいいんだと^^;説得され、元メンバーに話してみることに。高中は、やるといえば来るからいいとして、小原もまあ大丈夫だし、幸宏(高橋)が神経質なので、話してみた。すると、まだ(ドラム)たたけるかな、3曲くらいなら…、と。で、ボーカルは、(何となくイメージのあった)カエラはどう?と言ってそのまま決まった、と。
レコーディングはスムーズに進み、「タイムマシンにお願い」の最後のリフレインの部分て何回だったっけ?というところで、カエラが「10回」と言った(笑)。カエラは、あの歌を完璧に憶えていた。
初期のバンド結成のいきさつについて。加藤氏はフォーク・クルセダーズの後、69年、ヒッピー全盛のアメリカに渡ったり、パリ、ロンドンに行ったりしたが、結局ロンドンが一番、自分に合った。当時のイギリスは、グラムロック全盛。
新たにバンドをやろうと思ったら、ベース担当にされ渋々やっていた高中を見つけ(当時18歳で学生服着て演奏してた)、それから小原、ドラムに、つのだひろを入れて、歌はとりあえずミカが担当して、シングル「サイクリング・ブギ」でデビュー。
バンドを続けたくなって、高橋を入れ、その後1ヶ月、ロンドンの空気にふれていた。ロンドンはせまい街。変な服の店ばかり売ってる店に入って何着か買ったが、その店は(後にピストルズのマネージャーになるが、当時は音楽的なことはやっていなかった)マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウェストウッドの経営する店だった。マルコムは、店に来る変な日本人として加藤に興味をもち、レコードを聴かせてくれと言ってきた。マルコムは、それを宣伝してくれた(これが、後の『黒船』につながる…!?)。当時、ミカ・バンドはロンドンでも30回以上ライヴをやっていた。
ビデオメッセージ。サングラスの小原氏。前回の再結成の時(1989年)は、診察室に入って次の方どうぞという感じのレコーディングだったが、今回は一緒に「せーの!」っていう、バンドでやったという感じがよかった。初期結成時初めて会った加藤氏の印象は、特に憶えてないけど背が高いということ。
木村カエラの印象は、頭が良い、正しいロッカーだ。音楽は、自分がやりたいと思ったものをやった。今回のレコーディングは1曲目のレコーディングが済んで、これで行けると思った。今後の再々々結成は、ある。70歳くらいの時20歳くらいの子をまた連れて来て演る(笑)。
加藤氏の話。小原について、(以下のことは)あまり知られていないんだけれども、小原は、ミカ・バンド解散後、アメリカで武者修行して、ロック(の感覚)を身に着けてきた。知己が多く、ローリング・ストーンズのメンバーとも親しいのはそういう時代があってのこと。
バンドの、ロックの根幹は小原が担っている。幸宏(高橋)は、独特のリズムをもち、高中は、自分のことしか弾かない(笑)。個性の違う4人が危ういところで一致して集まっている。
加藤氏は、レコーディングまで1週間という時まで曲ができず。(気分を変えるために)ロンドンへ10日間行ってきた。その後、ドデデデデ!っていうリフが浮かんで「Big-Bang,Bang!」ができて、それからは一気にできた。
軽井沢で4人、作った曲を持って集まることに。軽井沢に住んでる高中がなぜか曲だけ出して帰っちゃったから、欠席裁判ということで、高中の曲から聴いた。結局、高中の曲が、このアルバムのタイトルトラックになる。
ビデオメッセージ2人目は、高橋氏。前後ナマステの挨拶^^;。プロモ撮影は同じことを何度もやるので、楽しかったけど疲れた。バンドの音楽はポップな感じだと思う。『NARKISSOS』1枚といわず、何枚でも、買って近所に配るとか…(してください)。
高中氏。ロックは久々で、今回も実はチャイナ風にしたつもりだった。前回の再結成は分業的だったが、今回はそうではなかった。新作については、買ってくださいとは何か言えない、(興味のある人は)買うだろうし(場内笑)。
加藤氏。自分たちの音楽は新しいことをやっているつもりはないし、かといってノスタルジックでもない。無国籍、無時代的なものと思っている。
最後にカエラから、ビデオメッセージ。「みなさん、楽しんでますか?」「(4人のメンバーは)かっこよくて、いい人たちだと思った」「バンドの中に混ぜ合わさって、木村カエラとしてやっている時とは違った感じであった」「プロモの撮影は、夏に撮ったけど、冬の服を着ていたので汗だくになってしまった」…etc。
加藤氏。カエラはイギリスの祖父から(カエラの父親は英国人)、「サディスティック・ミカ・バンドのメンバーになったことを誇りに思え」と言われた。
最後に会場の人の質問から(事前に簡単な質問用紙が配布されていた。採用3件)。加藤氏のソロ新作はいつ出るのですか?再々々結成は?新作のポイントは?
(加藤自身の新作は)高橋幸宏とやろうかっていう話はあるけど、(これまでも長らく、あえて出さなかったという訳ではないけど)心に来るものがないと作れない。(再々々結成にしても)肩肘張ってないけど、ぽっと出して上手くいくというのがいい。隠れ(?)ストーンズファンとしては、65歳のチャーリー・ワッツを目標にしていたい。今後の自分はワッツしだい。
僕らは集中力があるし、自分に厳しい人の集まり。新作『NARKISSOS』は、3テイクでできた。全然(無理が)なくできた。
ボブ・ディランが『モダン・タイムズ』で1位になったり、デイヴ・ギルモア(ピンク・フロイドのメンバー)がソロを出した。彼らはロックの第一人者(彼らのありようが良い)。
(自分たちもそうありたいが)ZARDとか上にいるから(ザードのザを強く発声w)!邪魔なんだけど(場内笑)、あと、イブクロってのもいるんだ(中村が、「コブクロですよね^^;」とツッコミ入れるも加藤は意気軒昂w)。
新作のポイントっていうか…2曲目の「Sadistic Twist」とか、歌詞の中に裏の意味とかが込められている(っていうニュアンスのことを言ったと記憶してます)。あと、バンドは右に高中、左に小原、真ん中に加藤の位置でレコーディング(記憶ではこんな感じのこと仰っていました)。
高中はどんな種類のギターでも全部同じ音を出す、そこがスゴイ。
【以上。1時間5分】
☆☆☆☆☆
加藤さんが、そのイベント終了後のポスターサインの際、私と笑顔で握手してくださったことは今までの自分の生きる力になっています。
長い旅2024 つづく