ysheartの長い旅

観戦、観劇、鑑賞をきっかけに感傷に浸る旅の記録です。

#08 雨の音・ショパン・ポーランド

梅雨の真ん中にいます。雨降る中、練馬区立美術館へ行ってきました。

外出自粛のムードが薄れていく中―新型コロナウイルス対策の行動の基準があいまいになってきたのは問題ですが―、今月中旬には、国立西洋美術館(東京・上野)が再開したので、少し見てきました。まずは、美術館からです。

他の美術館もいろいろな制約はあれど、ともかく、再開する流れのようで、ysheartも、美術館の開館状況を検索し始めています。その結果、次の場所は、中村橋となりました。今日で企画展が最終日。昨日調べて、今日の朝、駆けつけた訳です。このあわただしさはysheartならでは、ですが、今回は、まあ、止むをえません。

 

日本・ポーランド国交樹立100周年記念

ショパン―200年の肖像

主催: 練馬区立美術館(公益財団法人練馬区文化振興協会)

共催: 国立フリデリク・ショパン研究所※

後援: 駐日ポーランド共和国大使館、日本ショパン協会

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※日本語カナ表記をポーランド語の原語の発音により近い「フリデリク」を用い、ショパンの洗礼名をポーランド語の綴りに則って「Fryderyk」とすると、フライヤーにも記されており、ポーランド語をかじった自分には大変興味が魅かれるこだわりだと思った。本展への関係者の熱い意欲が伝わってくるところだ。

本来なら、4月26日から今日(6月28日)まで開催だったはずが、くだんの事情から6月2日にようやく開催、期間中のいろいろな催しが中止される中で28日を迎えたようだ。

 

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ショパン展。6月28日、最終日だった。

 

この展示は、ポーランドの代表的なピアニスト/作曲家、フリデリク・ショパン(Fryderyk Chopin / 1810-1849)を考察する内容です。

今回、音声ガイドは借りないので(経済的事情)、自分の感性が頼り。ローベルト・シュピースの連作版画集(1912年)は、ショパン前奏曲1番から24番までのイメージを版画に表した作品群。中に僕の気に入った画もありましたよ。それから、1880年代に日本にほぼ同時期に伝わった、カール・ライネッケのショパンの楽譜、1900年代(明治後期)の日本におけるショパン関連の書物、1930年代(昭和初期)の日本での音楽コンクール出場者の写真入りの資料、・・・そして、《第2楽章 ショパンを育んだ都市ワルシャワ》へ。

ベルナルド・ベロットのエッチング「オストロクスキ宮殿から王宮までのワルシャワの景観」(1774)のほか、ワルシャワの市街図(1772)、19世紀中ごろのワルシャワやワジェンキ公園などが描かれた油彩画・・・。《第3楽章 華開くパリのショパン》では、1830年以降、ポーランドからパリに来たショパンクララとロベルト・シューマン夫妻の肖像、ジョルジュ・サンドショパンの恋人)やウジェーヌ・ドラクロワの肖像(いずれも1850年前後)、アリ・シェフェールによるショパンの肖像(1847)、あとは、サンドとショパンの画がそれぞれに分断されたものや、それらを合わせたものがあったなあ。

そして、《第4楽章 真実のショパン ―楽譜、手紙―》ショパンデスマスクがあってびっくり(1849年の鋳型により1930年製作)、それから自筆譜が連なって・・・。

ラストは、《第5楽章 ショパン国際ピアノコンクール》。ポスターやメダル。日本のピアニストも健闘してきました。中村紘子内田光子、など、真剣に聴いたことがなくてもどこかで覚えている有名な人たち。

図録は、3300円。今の僕の予算では手が出ないので、今回の展示で見たいくつかの絵画でデザインされたクリアファイルと、ヴィラヌフ宮殿の油彩画のポストカードを買ったのみでしたが、ポーランドへの想いを消さないためのよい機会として、見たものを心に留めました。

 

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階段を上った正面に、金色のオブジェが見える。

 

重要なポイントは、3度にわたるポーランド分割(18世紀終盤)、そのあとのショパン誕生、ワルシャワの繁栄、ポーランド蜂起とショパンのパリへの脱出。ショパンの肖像を描く二人の筆致の違い(ドラクロワとアリ・シェフェール)があったこと等。僕はフランスにさほど憧れはないのですが(笑)、世界史の中のフランスには勿論関心があって、ショパンが逃れた当時のパリは、ルイ・フィリップの時代だったことなど、高校時代の勉強を思い出します。

それよりも、2011年から翌2012年にかけて滞在した、ポーランドの風景が思い出される柳の並ぶ風景のポスター、ワルシャワ旧市街の画などは自分を奮い起こす燃料になってくれそうです。そして、ポーランドの数奇な世界史の展開を確かめること。それも今後の自分にとって、大切な作業になるでしょう。ヴィラヌフのポストカードが、これからにつなぐ一つの助けになれば。

 

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中村橋駅前のショパンも今日まで。

 それにしても、さあ帰ろうと思ってふりかえると、僕は音楽の展示を見たのに、絵画も歴史も見ることができた展示でした。音楽を視覚的に見せる方法は、楽譜は勿論ですが(実は今回の主役ですが)、こういう文化の要素の有機的な関連によって現実になるとは、感動さえ覚えます。

 

いま、僕の手元にショパンのCDはありませんが、頭のなかで、”雨だれ”の音がしています。前奏曲15番。

 

 

追記

この記事の予備のタイトルと本文のオルターネイト・ヴァージョンを

以下、書き残しておく。

 

タイトル: 美術館のショパンポーランドの記憶

本文: 9時に出て、10時ごろ開館とほぼ同時に入った。雨だが人は多かった。練馬区立美術館でショパン展。音楽の展示なのに、文化、歴史、絵画と、いろいろな要素がある。そして、ポーランドのことも思い出したい気持ちにさせた。